学園モノの物語。疾風怒濤の思春期を利用する3つの理由

学園モノの物語は多感な思春期の心情が特徴

学園を舞台にする物語は昔からたくさんありますが、学園が舞台にしやすいのには、いくつか理由があると思います。

理由①多感な時期の成長する心を描きやすい

物語にとって重要なのは変化です。何の変化もない平凡な日々では物語になりません。学園生活自体にあまり変化はありませんが、この高校時代ぐらいの時期は精神的に子供から大人へ成長していく思春期であり、その変化の大きさから疾風怒濤と表現されます。

この主人公の心の成長と言うのは、物語の中でも非常に重要なテーマです。もちろん、主人公の心が成長しない物語はたくさんあると思いますが、主人公が悩み、苦しみ、物語の最後に一つの答えを見つけて成長するという物語は定番な気がします。

もっと大人になってみれば取るに足らないことのように思えることにも真剣に悩んだりする時期が高校時代であり、内面的に悩んだりする場面を描きやすいと言うのがあります。

理由②比較的時間がある時期であり、いろいろなエピソードを挿し込みやすい

私の場合、高校時代の放課後は部活でほとんど他のことをやる時間はありませんでしたが、帰宅部なら放課後に相当自由な時間があったと思います。

部活をやっていたとしても、毎日あるわけではない部活や終わるのが早い部活であれば自由な時間は結構できると思います。

学校で授業を受けている時間は物語の中でイベントを発生させることが難しいですが、放課後と言う自由時間がある学校生活は夜まで働かなければならない社会生活に比べて物語の要素を自由に挿し込みやすいというメリットがあります。

そう考えると、例えば刑事モノとか、医療モノとか、社会人が主人公の物語は職業がその物語の中心的なテーマになっているケースがかなり多いと思います。

理由③恋愛があまり生々しくならない

高校時代ぐらいの恋愛は、大人の恋愛よりもソフトな描写になります。もちろん、生々しさが物語をよりリアルにする側面がありますが、例えばアニメ化したり漫画であったり、比較的低い年齢層を対象にしようとすると恋愛が生々しいと扱いにくくなります。

恋愛要素も必須と言うわけではありませんが、物語を盛り上げる重要な要素であり、特に学園モノでは必ずといってもいいぐらい入ってくる要素です。

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