三丁目の夕日。何気ない日常を物語にする

三丁目の夕日というマンガを読む

健康診断で病院へ行ったときに、待ち時間に三丁目の夕日というマンガの傑作集を読みました。

このマンガ自体は実に40年以上も前の1974年からビッグコミックオリジナルで連載されており、今でも連載されているようです。

最近のような気がしますが、すでに10年以上前にALWAYS三丁目の夕日という映画が作られています。

内容は戦後間もない普通の町の日常を描いた短編のマンガですが、傑作集というだけあって非常に面白かったです。

日常を物語にする短編物語は長期連載になりやすい

この手のマンガの最も有名なものはサザエさんだと思います。日常を淡々と描く短編のマンガは人気が出ると非常に長期に渡って続く気がします。

読んでいても、興奮するとかドキドキワクワクするとか、そういった感情はあまり強くなりません。ただほのぼのとしたり、そこはかとない寂しさを感じたり。感情をあまり刺激せず、かといって退屈な話でもない微妙なラインを突いています。

日常を描いていること、短編で毎回話が変わること、この条件を満たしたマンガでは、他にもドラえもんこちら葛飾区亀有公園前派出所といったマンガも同じように長期に渡り連載されていました。

無限の題材と息切れしない感情の起伏の少なさ

こういったマンガが長期に渡り連載される要因としては、作り手の側面からは日常の題材は無限に転がっており、毎回登場人物のうちから主役を変えて選ぶことによって様々な視点での物語を作ることが可能であること。この作成の容易さがあります。

一方で、受け手の側面からは、刺激が強くないことが飽きにくいことにつながっているため、一定の需要が常にあり続けるというのがあります。

白米が食事のたびに毎回出てきても「白米は飽きたからしばらく食べたくない」なんてことはありません。

この日常の風景を描くマンガにはそのような主張しないがゆえの飽きにくさのようなものがあります。

日常には終わりがない

人一人の人生を見た場合は死ぬときが終わりのときです。大抵の物語にはエンディングがあります。ところが、様々な人の人生を描く日常の物語に終わりはありません。サザエさんにしてもマンガの中で永遠に年を取らなければ終わることはありません。

とはいえ、作者は確実に老いていき、作者自身には終わりがあります。このような物語を書き続けるのは死ぬまでマラソンを走り続けるようなもので、作者の精神力はすごいと思います。

    

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